集まりの構造―新しい日常行動論を求めて(1980, E.ゴッフマン)

私たちは、日々、さまざまな人と同じ時間に同じ場所に居合わせなんらかの関わりを持つが、ゴッフマンはそのような「社会的集まり」がどのように成り立っているかを細かに観察、分析して論じている。ゴッフマンは、知っている人との関係で起こる「認識」と呼ばれる過程を二段階で整理している。ひとつめは、「知覚的認識」と呼ばれるものだ。人が他者を確認したときに、その人物についての「個人的アイデンティティ」に関する情報(名前、社会的地位、経歴など)と連結させて、「あの人だ」と認識することだ。ふたつめは、「社会的認識」と呼ばれるものだ。これは、あいさつや笑みのように、相手とはっきりと関わり合ったり、相手からのそのようなアクションをはっきりと歓迎したり、受容したりする過程のことである。この「社会的認識」を実行するには、お互いが知覚的に認識するか、そうしたふりをするか、そうしなかったことを謝罪するなどの必要がある。人の「社会的集まり」を維持するには、この二段階の「認識」がとても重要だ。これをしなくなると、「社会的集まり」は成り立たなくなり、その中の人間関係は崩れていく。

私たちが日常生活において、「あたりまえ」のごとく行っていることの詳細を、丁寧に観察して記述することで、多くの発見や反省が生まれることを、ゴッフマンの著書を読んでいると感じる。