サーミの血(2016, アマンダ・シェーネル監督)

サーミの人びとのことを具体的に知ったのは、フィンランドに住んでいた頃、ラップランド地方のInariというまちを訪ねた時のことだ。Inariには、サーミ文化の拠点とも言える施設として、The Sámi Cultural Centre SajosとSiidaという博物館があった。“The Sámi in Finland”という資料によると、ヨーロッパの先住民族であるサーミの人々の暮らしは、季節ごとの自然のめぐみの上に成り立ってきた。トナカイの遊牧、釣り、狩猟、小規模の農業、ベリー類など自然のめぐみの収穫、手工芸などによって生計を立ててきた。しかし、16世紀以降、サーミ社会は外部からの圧力によって、変化を強いられた。北欧諸国の国境の設定に合わせて、サーミの人びとの暮らす地域も分断され、徐々に独自の言語や文化を失い始めた。19世紀の後半になって、新聞や協会を設立してサーミ文化を復興しようという動きがスウェーデンやノルウェーで始まり、各地に広がった。

この映画の舞台は、1930年代のスウェーデンの北部だ。当時サーミの人びとは、スウェーデン語を学び、スウェーデンの文化に適応することを強いられる一方、「サーミ人」として見世物のように扱われたり、非人道的な調査の対象にされたり、「未開」で「下等」だという極めて不当な差別をされたりしてきた。本作では主人公のサーミ人の少女が、そのような弾圧や差別を受けて激しい苦しみを抱えながら、自由を求めて葛藤、成長していく姿が描かれる。彼女の経験をなぞることで、彼女がどのように〈世界〉を見ていたかが、痛みとともに見えるようになる作品だった。監督はサーミにルーツがあり、主演のレーネ=セシリア・スパルロクはトナカイを飼いながら暮らしているサーミ人だ。彼女たちの生き様が、作品に反映されていたと思う。